身の回りにある物にはすべて何らかの「かたち」があるが、その形状がどうしてできるのかという謎を物理学者が見事に解いた。著者の1人は熱工学分野のノーベル賞と言われる「マックス・ヤコブ賞」を受賞した米国デューク大学教授で、世界は偶然や運でできたのではなく、多様性の背後には予測可能な「流れ」があると説く。一言でいえば、「世界を動かすのは愛やお金ではなく、流れとデザイン」(28ページ)であり、それを「コンストラクタル法則」という物理法則が支配しているという。

ビジネスパーソンにも身近な「流れに身を任せる」「最小の努力で最大の成果」という方法論もこの物理法則が発現したもので、「身の周りのあらゆるものの進化には時間的な方向性がある、目的がある、(中略)流動性能向上を目指す方向性がある」(45~46ページ)と喝破する。実は、合理性とは自然界にもともと備わっていた性質なのだ。

著者はこの法則を用いて人間の歴史や社会制度の起源も洞察する。「社会の構造と歴史は、河川の流域や三角州、(中略)呼吸、樹枝状凝固など、自然の他の複雑(ではあるが、社会と比べると単純)な流動構造の進化とあまり変わらない」(227ページ)。どれもが脈打ち鼓動しながら進化し、流れに乗る能力があれば生き残り、なければ消滅する。すなわち、この物理法則を使うと地理学、人口統計学、経済学などで現れる複雑なパターンも解読できるのだ。

本書を書店で見つけたとき、評者は「してやられた」と思った。私自身、長らく地球科学の研究を行いながら、自然界の効率の良さと無駄のない調和に感心していたからだ。たとえば、地球上で地震が起き火山が噴火する原因は、地球内部にたまった熱を効率よく出すために、効率の良い「流れ」が生じたからだ。その過程で地球は2千万年もかけて日本列島のような「かたち」を創り、それが美しい我が国の景観を生み出した。

さらにこの物理法則からより効率的な未来システムが設計できる。すなわち、「多くの質量をより良く、つまり安く遠くまで速く動かす多数の流れのデザイン」(386ページ)がコンストラクタル法則によって導かれるのだ。これは昨今話題のビッグデータをうまく使いこなしたものが、巨万の富を生むのと同じ構造にある。熱工学を専門とする著者はこう表現する。「私たちの動きは、私たちが燃やす燃料の量と比例している。それは、生きている存在として私たちを特徴づけるもののいっさい(輸送、通商、経済、ビジネス、通信など)を象徴している」(387ページ)。

21世紀のエネルギー問題を解決する考え方の根幹も、「流れとかたち」理論から導かれるのではないか。クリエーティブの最先端はまさにここにある。著者のように優秀な科学者が、極めて斬新な理論を恐れることなく展開する力強さに感動しながら、本書を一気に読み終えた。

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