リーダーが部下の信頼を得る3つの道とは

同様のことは、企業の現場でも常に起こっているだろう。上司が信頼されたリーダーであり、また上司が部下を信頼していれば、現場の選択の余地は広がり、多くの試行錯誤やトライアルができる。そのなかから新しい展開が見えてくることは多いだろう。上司と部下の関係が、単なる設定された目標と達成度の評価という疑似契約関係が中心になった職場では、そうした自由度や柔軟性が低くなると考えられる。

どういうプロセスだとしても、組織や企業が、信頼関係の束として構築できている場合と、契約関係の束でしかない場合は大きな違いが出てくると考えられる。どちらがよいかは必ずしも決められないかもしれないが、重要なのは2点だ。一つは、いったん契約関係の束として企業をつくってしまうと、後戻りが難しいことである。契約を裏切ること自体が信頼の喪失につながるので、極めて難しい。ただ、同時に信頼が強ければ、契約を破棄する、履行しない自由度もある程度は確保できるのである。その意味で、現在わが国でも雇用関係に大きく「契約」の要素が増えているのがやや心配だ。もちろん、雇用とはいつでも法律的には契約だった。だが、成果主義や短期雇用の導入によって、雇用関係が実質的に、信頼関係から契約関係に移っていないだろうか。例えば、貢献と報酬を短期的にリンクするという方式は、いまや単に人事制度だけではなく、働く人のマインドに深く根ざしている。本当に「主義」と呼べる成果主義が普及しているようだ。また、雇用関係について、個別契約を明確にしようという動きもある。

もう一つは、当たり前の結論だが、経営者に限らずリーダーにとって極めて重要なリーダーシップ能力は、信頼構築であろうと考えられる。この点では私はあまり実態を知らない。経営者は働く人と信頼関係を築くことに多くの時間と労力を使っているのだろうか。私たちが最近行った(2007年、回答者約2800人)調査によると、「私の会社で経営者は信頼されている」という文章の当てはまる程度が低くなったとする回答者は約25%おり、高くなったとする回答者の約16%より10ポイント近く高い。

ただ、残念ながら、リーダーがどういうプロセスで部下の信頼を獲得するかについては、あまり研究の蓄積がない。数少ない研究から共通要素を拾えば、次のようになるだろうか。1つは自信である。自分ならできると信ずるこころ。2つめは高いコミュニケーション能力である。言葉でも行動でも構わない。人は表に現れたシンボルにしかついてこない。3つめは強い道徳観である。信頼とリーダーシップの関係についてもっと深い議論が必要だが、あまり多くは知られていない。

AIGのトップは、こうした信頼関係を構築していなかったので、ボーナスを払うという手段(と、それが人材の流出を防ぎ、企業再生に役立つという説明)しかなかったのではないだろうか。AIGの場合、信頼関係の欠如が再生への足かせとなるかもしれない。

思い出せば、小泉純一郎元首相は、「無信不立(信無くば立たず)」と、一時期しきりに言っていたと聞いたことがある。論語の言葉である。