「生け贄」となるモデルを仕立てて、間接的に教える

だれでも、自分自身が叱られるのは嫌なものだ。その点、ほかのだれかが叱られているのを見るだけなら、「自分も気をつけなければ……」と気分を引き締めることはあっても、自分が叱られているときのような不快感はない。

部下に指導したいときには、その部下とは別の、だれか無関係な人をやり玉にあげて指導するのもいいだろう。部下にとっては、自分が直接的に怒られているという意識は弱いので、心理的なダメージが少なくなるからである。

「経理に、A男っているだろ。あいつは、トイレから出てくるとき、ハンカチで手を拭きながら出てくるんだよ。あれって、『今、トイレから出てきました』というアピールをしているみたいで好ましくないよな。やっぱり、トイレの中で手は拭いてこないとな」と教えてあげれば、部下はその助言を「他山の石」として学んでくれるかもしれない。

ただし、このやり方は間接的すぎるので、空気の読めない部下は、「まさか自分の話ではないだろう」と聞き流してしまう危険性もある。そのときにはしかたがないので、普通に指導するしかない。

また、やり玉や生け贄になってもらう適当なモデルがいない場合には、「過去の自分」を使って、「昔は俺も、こういう失態をやらかしたんだよ……」という教え方をするとよいだろう。