振り返ればマレーシアでの仕事は一貫して宗教との闘いだったが、その実、「宗教と闘わなかったこと」が成功の理由だったように思う。宗教的な対立というのはあくまで結果であって、人間、豊かになって生活にある程度のゆとりが出てくると信仰は希薄になり、他宗教との軋轢も減ってくる。

そもそもキリスト教であれ、イスラム教であれ、神の教えという原始的な部分ではわざわざ宗教対立を煽るような教義はない。対立の本質は教義の対立ではなく、人間の対立、つまりパワーゲームなのだ。カトリックとプロテスタントの対立にしても聖書を解釈する人間の対立であり、政治問題となったアイルランドの凄惨な宗教対立もその本質は先住者と入植者の戦いである。