社長になって半年後の2003年9月、経営が厳しかった鳥取県の米子店を、新会社に分社化した。バブル崩壊後の「失われた10年」が過ぎても、百貨店業界では不採算店の閉鎖が続いていた。少子高齢化の進展や人口減少時代の到来を控えて、展望がないと判断された。だが、鈴木流は、別の道を進む。

別会社化で、社員の給与は地域の水準に近づいて減る。だが、全国一律の商品ばかりではなく、地元の産品を活かした品々を加えるなど、コスト削減と売り上げの維持を図れば赤字にはならずにすむ。郊外の量販店にはいきづらい高齢者にとって、便利な場所にある百貨店は、間違いなく役に立つ。何よりも、店の閉鎖を回避して、雇用を維持できる。

米子店で働く人や納品している人たち約600人に、よく説明し、存続のためにベクトルを束ねた。翌年には岡山店、岐阜店、群馬県の高崎店も分社化し、自助努力も求めて、存続を目指す。

地方店の存続は、大型量販店やショッピングセンターとは棲み分けができる、との確信の上に立つ。1つの地域にいくつも百貨店が残ることは難しくても、生き残る1つになりたい。赤字に転落しないように、みんなと歯を食いしばっていきたい。それには、やはり現場の声に接し続けていなければいけない。だから、店巡りは欠かさない。本社の人間は連れていかず、現地でも幹部社員らとの面談以外に、取引先から店に派遣されている「ローズスタッフ」やパート社員とも向かい合う。遠慮のない指摘や提案に出会えるのが楽しみで、時間の7割は聞き役に回る。

組合の役員を長く務め、会社に散々「人を切り捨てるな」と要求した経験が重いのか、雇用を守っていくことは、企業としての社会的責任の1つだ、と思う。経営説明会でアナリストに「何で、そんな効率の悪いところを続けるのか」と質問されるが、経営として効率は求めていかなければならないけど、効率の悪いところは全部切り捨てるという発想には同意しない。社長になったからといって、言うことを、がらっ、と変えることはできない。

だから、グループの経営理念は「いつも、人から。」としている。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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