――でも若い人も村上春樹の小説を好んで読みますよ。

【助川】あれはやっぱり「謎」のおかげだと思うんです。例えばの話、夏目漱石の『こころ』だって何だかわかんないところがあるわけですよ。「明治の精神に殉じる」ってどういうこと?とかね。わからないがゆえに延々と教科書に載って、必ず「明治の精神とは何を指すのでしょう」という問題が試験に出るわけです。芥川龍之介の『羅生門』でいえば「下人の行方は誰も知らない」という部分ですね。高校の授業では「下人はどうなったか書きなさい」って必ず書かされるわけですよね。

わけのわからないところがあると、そこの謎を解くということで授業がしやすいし、あと読むほうも自分が関与できるから楽しいんですよ。だから、どこが面白いのかわからないなあとか思いながらも読めば、「それで羊男ってなんで出てきたんだと思う?」「うーん、実はこういう意味なんじゃない」とか、ちょっとわかったような話ができる。そうすると楽しくなってくるんですね。次からまた何か村上春樹の小説出たら、ちょっと買って読んで解説してやろうという気持ちになったりするんです。要するに、わからない部分があると、読者が想像して埋めなきゃいけないから、読者にしてみると、自分がかかわっていくということがすごく大事になるわけです。

――参加型の小説。

【助川】人に好かれようと思ったら、自分から何かしてあげるんじゃなくて、簡単な頼みごとをして山のように感謝するといい、という話をきいたことがあります。村上春樹は、わけのわからないところを小説のなかにいっぱいつくっておいて、「考えて」とお願いごとをしているわけですよね。読者なりに答えを出してみると、自分が春樹をすごくわかってあげたような気持ちになって、好きになるとか、関心を持つとか、次も読まなきゃ、という気持ちになるんじゃないでしょうか。

――読者が好きなように解釈する余地があるということですね。

【助川】謎がいっぱい埋まってるから。

――『謎とき村上春樹』という本があるぐらいです。

【助川】読者の数だけ謎解き本が書けてしまうような作家です。私はこのことを本のなかで、村上春樹の小説は「体験型アミューズメント」のようだといっているのですが、要するに一方的に春樹さんのお話を聞かせていただくんじゃなくて、プラモデルのように自分で組み立てるから逆に余計に楽しい。