文化

2013年10月1日(火)

日本の心を描く女性絵師、奮闘中!現在わずか3人しかいない、銭湯の壁面に富士山などを描く職人「銭湯ペンキ絵師」。駆け出しの絵師を取材した。

PRESIDENT Style
取材・文・撮影/デュウ 写真協力/田中みずき
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初衝撃は大学生のとき

一日の終わりに広々とした銭湯の湯船に浸かり、ふーっと一呼吸。背景には見事な富士山の絵が広がって……と、誰もがよく想像しそうな絵柄だ。しかし銭湯の浴室壁面の背景画、通称銭湯ペンキ絵があるのは東京周辺にほぼ限られる。

この独自の文化である銭湯ペンキ絵、始まりは大正元年に千代田区神田にあった銭湯に描かれたものといわれている。その後関東近辺の銭湯ではごく普通の光景になったのだが、現在、この絵を描く職人「銭湯ペンキ絵師」は、日本にたった3人しかいない。うち2人は長年この道でやってきたベテランの丸山清人氏と中島盛夫氏だ。

残る1人が、約10年の修行を経て昨年中島氏から独立し、唯一の女性絵師として活動している田中みずき氏。異色の経歴や今後の銭湯ペンキ絵のあり方など話を伺った。

──編集部(以下省略) 中島さんに弟子入りされた経緯を聞かせてください。もともと銭湯がお好きだったのですか?

田中みずき氏。21歳のときに中島盛夫氏に弟子入りし、約10年の修行の後、独立。銭湯をはじめ、施設や個人邸の風呂の壁画制作、飲食店の看板制作なども行う。
ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」 http://mizu111.blog40.fc2.com/

田中氏(以下省略) じつは大学生になるまで銭湯に行ったことはありませんでした。大学では美術史を専攻していて、好きな現代アートの作家さんが銭湯絵をモチーフにしていたんですね。それでどんなものなのだろうかと近所の銭湯に行ってみたら、湯気の中に富士山と雲の絵がふわりと浮いて、現実と絵が一体になったような幻想的な光景に釘付けになりました。

「じゃあ卒業論文は銭湯のペンキ絵を取り上げよう!」と調べるうちに、偶然、中島絵師が公開制作をするイベントがあったんです。そこで、イベントに行って事情を説明して、銭湯での制作現場を見学させてもらうことになりました。それが純粋にとても面白かったんです。銭湯のペンキ絵って、特にないと生きていけないというものではありませんよね。でも、疲れていても湯に浸かって絵の青空を見たら気持ちがすっと軽くなったりと、いいことがたくさんある。そんな気持ちを100年後の人にも感じてもらえたらすごく面白いと思って。

一方で、現在絵師の数がすごく少なくなって、高齢化が進んでいることも分かり、このまま誰も継がなかったら廃れてしまうと思ったんです。じゃあもう自分が習って描けるようになれば、この先も続いていくのではと思い、中島絵師に弟子入りをお願いしたんです。

──最初は卒論の調査だったのに、それが仕事になって。結構大胆な方向転換ですね。

最初は断られました。仕事もそんなにないし、弟子はとっていないと。でも、生活に関しては自分で何とかするので、とにかく描き方を習いたいとお伝えして、そうしたら「じゃあ見習いということならいいよ」とおっしゃってくれて。そこで荷物運びなどのお手伝いからはじまって、そのうち描くことも手伝わせてもらえるようになったんです。

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