日本とEUにおける決定的な違い

欧州連合(EU)も類似の問題に直面したことから、00年にリスボン戦略を打ち出し、人的資本の蓄積とイノベーションを通じて知識社会の構築をめざした。EUは、すでに1992年に単一市場を完成させて、モノの移動だけではなく、ヒトとカネの移動に関する障壁を撤廃して、労働力と資本の移動の自由を確保していた。そのうえで、経済成長の残りの要素、すなわち人的資本と生産技術に焦点を当てたリスボン戦略を企画し、進めてきた。EUと比較すると、日本経済においても人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションが経済成長にとって必要であることは否定することができない。しかし、「産業の空洞化」という言葉によって表現されるように、国内における設備投資が停滞する一方で、対外直接投資によって、物的資本が日本国内から海外へ流出してきたことは、EUと前提条件が異なる。換言すれば、EUにおいては、人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションに焦点を当てることができたが、日本においては、人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションに焦点を当てるとともに、国内の設備投資による物的資本の蓄積にも目を配らなければならない。

積極的にグローバル展開をめざす企業が日本国内の工場設備を維持しながら、対外直接投資を行う分には、上記の物的資本の蓄積の阻害要因とはならない。問題となるのは、前述した理由(国際的な賃金比較や円高)のほか、「失われた20年」によるデフレーションが染み付いた日本の経済・マーケットの閉塞感により、国内における設備投資を縮小し、対外直接投資を増大させている状況である。「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」は、「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」とともに、このような閉塞的な状況を打破することを狙っている。すなわち、アベノミクスは、「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」を使って、需要サイドを引っ張り上げるというプル効果とともに、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」による他の供給サイド要因(IT社会資本の整備や人的資本〈 グローバル人材〉の強化や生産技術イノベーションや規制緩和・投資減税)から後押しするというプッシュ効果を期待している。アベノミクスのめざす「成長による富の創出」は、これらが期待通りに効果を上げるかどうかに依存する。「スラスラわかる『アベノミクスの経済学』」(前掲)で説明したようにデフレ脱却はインフレ予想という人々の期待に頼ることができるが、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」は期待感だけでは実現しない。実行あるのみである。

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対外・対内直接投資と為替相場の関係

最後に、対外直接投資の増大と国内設備投資の低迷に影響を及ぼす要因として忘れてはいけないものとして、国内製品の国際的な価格競争力がある。この国際的な価格競争力に直接的に影響を及ぼす代表的な要因として為替相場がある。図に示されているように、07年以降のゆきすぎた円高(円の過大評価)は、対外直接投資を増大させ、対内直接投資を減少させた。為替相場が元の水準に戻ってきたことにより、これらの傾向を逆転させることができるだろう。しかし、海外に工場・設備を移転させるためには、回収できない埋没費用(サンク・コスト)を要したので、そのコストにこだわると、瞬間的な円安では国内設備投資を増やさないであろう。短期的に円が元の水準に戻るだけではなく、それが中長期的に定着する必要があるのだ。

(図版作成=平良 徹 写真=PANA)
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