「自転車ママ」の意見を太字に

問題となったのは「自転車」だった。コンパクトカーや軽自動車の「広さ」を表現するとき、「自転車を簡単に積めること」がアピールポイントに挙げられることがある。N BOXでも同様だったのだが、会議では「なぜ自転車なのか」との声が役員から上がった。そこで彼らが作成したのが、子育て中の母親の意見を太字にして紹介した資料だった。

最大のセールスポイントはクラストップの広大な室内空間。室内高は1400mmで、自転車を乗員ごと載せることができる。

「グループインタビューの際、ある男性が『自動車に自転車なんて積むかな』と首をかしげたのですが、『子育てしていない人にはわからない』と女性に言われると、すっかり黙ってしまったんです。男性には子どもを外出先から自転車ごとピックアップするという用途が思いつかない。その様子が印象的だった。思えば役員の多くも子育てにはあまり参加していないでしょうから、この声を紹介すれば彼らも同じように何も言えないだろう、と」

さらに西谷さんは「ダメ押し」として、木材などを利用して枠組みだけを作った実寸大の車体後部を会議に持ち込んだと続ける。

N BOXはエンジンルームを小さくすることに加え、フィットにも採用されているセンタータンク方式によって車内の「高さ」が確保されている。

「だから体ごと自転車を車内に入れることができるのですが、会議で物事を決める人たちは紙に書いてあることをまずは疑ってかかる。なので、紙だけで伝えにくいことは実際にモノを用意するんです」

このように資料のポイントを実物で裏付けることを繰り返しながら、N BOXは少しずつ現在の形になっていった。

彼らにとって同車の開発は文字通りゼロからの出発だった。前身のコンセプトカーをロサンゼルスモーターショーに出展したのが06年、当時のホンダには軽自動車用のCVT(無段変速機)や大開口スライドドアの技術がなかった。そんななか、完成間近だった試作車の凍結を経て、プラットフォームから設計し直したのがN BOXだった。

「私たちには普通車とミニバンの技術がある。価格の安さではなく、自分たちの得意な土俵に上がって戦おうとしたんです」(白土さん)

その気持ちを説明資料に込めてきた彼らが、技術者として最後に見せるのが実際の発売モデルを想定した試作車だ。