何歳からでもスタートできる

医学博士である次男豪太氏との“親子二人三脚”も偉業達成のカギだった。(ミウラドルフィンズ=写真提供)

【大前】今回は豪太さんとの親子登頂にも感動しましたが、三浦さんは豪太さんや雄大さん(長男)、どういう子育てをしたんですか?

【三浦】これは、大前流と似てますけど、あまり「勉強しろ」とは言わない。小学校の頃から「冒険しろ」「一緒にキリマンジャロに登ろう」と。要するに面白いけど、苦しいことをやらせるわけです。

【大前】苦しいけど、いずれは面白くなる。

【三浦】それを何回も経験させるんですよ。勉強だって苦しくなってくる。それを「面白くなるように工夫してみろ」と言っていたら、いつのまにか医学博士(豪太)を取っていて。

【大前】確かスノーバード(米ユタ州にあるスキーリゾート)だったと思いますけど、雄大さんが足を骨折しているのに片足で滑っていた。あれにはビックリしました。目隠しで滑ったり。

【三浦】世界のトップレーサーになれば、当たり前にやってますよ。

【大前】逆にお父さんの敬三さんから学んだことはどんなことですか?

【三浦】やっぱり年齢に関係なく、好きなことに熱中する姿ですね。白寿でモンブランを滑ったあと、ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びてベッドにドンと腰かけて「いやあ、わしゃ今生の別れのつもりだった」と言うんです。要するに死んでもいい覚悟でやったと。その言葉を鮮明に覚えています。

【大前】私が泊めていただいた夜、ひたすらスキーのエッジを磨いていた姿が忘れられない。

【三浦】人の板までしっかりね。90歳でも、インゲマル・ステンマルクとか岡部哲也とか、当時の最強スキーヤーの映像をビデオで毎日見ながら研究していました。「うん、そうか。あの感じだな」とか言って、翌朝には自分で試すんですから。