確かに一時代前には、国益にはそれなりの意味があった。何が国民のためになるかは、はっきりとわかった。間違いようがなかった。土地も、工場も、企業も、自分の国のものと、外国のものとの区別ははっきりついた。しかし現在、オハイオ州にあるホンダの工場、テネシー州にある日産の工場、日本にあるIBMの工場、マレーシアにあるモトローラの工場は、いったいどこの国の誰のものなのか。どこの国の「利益」のために、工場は動いているのか。