経済学の理論が形成された時期が、近代国家の成立の時期とほぼ同じになったのは、まったくの歴史の偶然にすぎない。アダム・スミスが「国富論」を一世紀前に書いていれば、現代の我々にとって、経済活動と国家の関係を違った角度から見るのが、はるかに容易になっていたはずだ。ジョン・メイナード・ケインズが「一般理論」を半世紀後に書いたとしても、同じことが言えるだろう。実際、ジェーン・ジェコブズが『アメリカ大都市の死と生』で述べているように、経済活動の単位としてほんとうに意味のあるのは、歴史のほとんどの時代、都市とその後背地だったし、いまでもそうだ。経済への関与という点では、主権国家の中央政府ははるかに遅れて登場してきたにすぎない。歴史上の限られた時期には、主権国家が開発飛躍の必要にぴったり合っていた。しかし、その時期はいまや過ぎ去っている。