本来必要な議論が起こらず、単純な思考がまかり通るのは、「○×式教育」で育ってきた日本人が、社会の大勢を占めるようになったからというのが私の仮説である。

いまの教育制度では、「なぜか?」ということを問われないで、「○が合っているのか、×が合っているのか、どっちなのだ」と聞かれるため、どうしても「○か」「×か」の二者択一になってしまうのだ。

小泉元首相は、本人が意図してそうしたかどうかはともかく、こういう日本人の特性を巧みに利用した。「さあ、ノーと言った人間にはオレが罰を加えてやる」と叫び、とんでもない刺客を送ってドラマに仕立てあげた。

すると、「けっこうおもしろいぞ」と、国民の関心は一気に高まった。これが、政局に跳ね返り、メディアも追いかける。こうして、本来ドラマになりえないものがドラマになり、善悪の対立を好むメディアがそれを煽り、投票を「○×方式」に持ち込んでしまったのが、あの郵政選挙だったのだろう。