日本でも、経済発展の絶頂期でさえ、勤労者の大多数(87パーセント以上)は、それほど競争力のない産業で働いていた。外の人には、世界に突出するほんの一部分だけが見えていたのだ。大半の勤労者にとって、日々の現実はまったく違うものだった。変化への圧力はたいして強くなかった。世界に通用するのは一握りの産業にすぎず、政府はそうした産業から吸い上げたカネで、弱い産業、弱い地域を保護していた。弱い産業や地域を世界の冷たい風に当てることなく、ぬるま湯の中で保護できたのは、稼ぎがしらがいたおかげだが、いま思えば、それがかえって仇になった。保護されるほうは、自力で頑張ろうとはせず、依存症がいっそう重くなっただけだからだ。