「いくつになっても恋愛はできる」勇気がもらえる

<strong>高橋源一郎</strong>●作家。明治学院大学教授。1951年、広島県生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』でデビューする。『官能小説家』『君が代は千代に八千代に』などの小説のほか、エッセイや評論、翻訳などで幅広く活躍する。近著に『大人にはわからない日本文学史』『柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方』がある。
高橋源一郎●作家。明治学院大学教授。1951年、広島県生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』でデビューする。『官能小説家』『君が代は千代に八千代に』などの小説のほか、エッセイや評論、翻訳などで幅広く活躍する。近著に『大人にはわからない日本文学史』『柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方』がある。

「誰かを好きになる」ということは、とても不思議な現象です。

「好き」になるときは、たいてい相手のことはなんにも知りません。一目惚れが最たるものだけど、たくさんの顔が自分のなかに飛び込んでくるのに、そのなかの一つにだけレセプターが反応するわけです。

どうも人間の心を打つものは宗教と同じで、突然、不意打ちのようにやってくるように思うんですね。理屈はない。飛び込んでくるものに抵抗もできないし、警戒のしようもない。相手のことを何も知らないし、理由がないからこそ、強く心を打たれる。そうして好きになってからですよね、相手を「知りたい」と思うようになるのは。

恋愛小説は、「なぜだかわからないけど好き」という感情をまず描き、そのうえで行動を起こしていく過程を書いていくもの。そしてもう一つ。恋愛の本質的な部分である、相手をちゃんと理解している自信とか、理解されている喜び、そこから生まれる揺るぎない信頼といった部分を描き出す。

恋愛をする心を、いくつになっても持っていたほうがいいというのは、ぼくの持論ですが、家庭を壊すまで強く勧めるのもいかがなものかと思うので(笑)、せめて小説のなかだけでも恋愛を体験してほしい。そんな気持ちからセレクトしてみました。

まずは『死の棘』をあげましょう。この作品がすごいのは、夫と妻両方に、2人なりの理解の仕方でその関係を持続させようという、強烈なモチベーションがあるという点です。内容はいたってシンプルで、夫が浮気をしたために妻の精神がおかしくなってしまうという話。それだけです。

ところが、妻の変調ぶりがすさまじくて、朝までずーっと夫を責め立てたりする。尋常ではないクレイジーさで、とても深刻な内容なのに、読んでいるともう笑うしかなくなってくる。「そこまでやんないだろう、フツー」ということが、延々と続くんですね。これほど執拗に追及されれば、夫は逆ギレするとか、妥協点を見いだす、もしくは決裂したりして、簡単に結論を出そうとするもの。