研究所との約束は「死なないこと」

バッタ見学を終え、野宿中に考えていたことをババ所長に伝えた。

前野「ここにまた来て研究してもいいですか?」
所長「もちろんウェルカム」
前野「本当ですか! 日本の留学制度に受かったら来るのでよろしくお願いします」

そのときは、防除よりも野生のサバクトビバッタを観察して新発見がしたいという個人的な欲求が強く、モーリタニアにまた来ようと決めた。数ある研究所を見比べて選んだわけではなく、たまたま知っていたのがモーリタニアだった。

その後、運よく日本学術振興会の海外特別研究員に採用され、本当に行けることになった。所長はメールで「さすがサムライ。有言実行だ」と賛辞を送ってくれた。

日本学術振興会が滞在費と研究費を支給してくれるため、バッタ研究所は私に給料を支払う必要はない。研究所の敷地内にあるゲストハウスの家賃は光熱費込みで月4万円。部屋の広さは8畳程度。これまで防除をメインに活動してきた研究所は研究面の強化を図ろうと考えていたため、手弁当で研究者がやってきて共同で研究を進めることは研究所にとって願ったり叶ったり。私にとっても、野外調査するための設備があり、フィールドを熟知した現地スタッフと共同で研究できることは大変ありがたい。研究所から伝えられた義務事項は、「死なないこと」。これだけを守り、思いのままに研究することになった。

モーリタニアに渡り、毎日のように所長室に通い、研究の進捗状況やお互いの文化を話しあうのが日課になった。

前野「所長、こないだ成虫の群れ観察してきたんですけど、1カ所に集まる法則性を発見したんすよ!」
ババ「なにぃぃ、それはすごいぞ! ネイチャーに論文投稿だ!」
前野「いや、まだ観察を繰り返さないと駄目なんですけど、これは面白いですよ。あと交尾も観察してきたんすけど、これもヤバいッス。サバクトビバッタがこんな交尾してるなんて世界中の誰も知らないッスよ」
ババ「いやー、デスクワークなんかほったらかして、コータローと一緒に調査しにいきたいもんだ。私が予算をとってこないと研究所が運営できなくなるから仕方ないことだが、調査のほうは頼むぞコータロー」

アフリカという非日常の世界が、徐々に職場という日常の一部になってきた。私は英語が苦手だが、共通の話題があると話が盛り上がる。打ち解けるにつれ、お互いの「悩み」も話題になるように。