「メイド・イン・ジャパン」の守り方

オビツ製作所は創業時よりメイド・イン・ジャパンにこだわり、前出の「ローテーション成型」や「スラッシュ成型」という職人の技が必要な伝統的な製法を守っています。かつて多くの大手メーカーが、設備投資さえすれば職人の技がなくても大量生産ができ、賃金が安いという中国に進出しました。その中でも、オビツ製作所は海外移転を拒み続けました。それは、創業者の故・尾櫃三郎前社長に「日本の職人の生活を守る」という強い意志があったからです。

どれほど優れた技術があっても、OEM生産が中心だといずれ限界が訪れると考えた先代の社長は、オリジナル商品を開発する必要を感じました。そんな時に、動物や人型をモチーフとしたオリジナル素体(素体とはドールのボディのこと)と出会います。そのシンプルな素体に彩色を施すことによって、まったく見た目の異なったさまざまな表現ができ、企業やアーティストとコラボレーションをした商品展開もされていました。このオリジナル素体に発想を得た先代の社長は早速、40代の男性社員と一緒に、自社の強みである「スラッシュ成型」を用い、今まで製作してきた技術を活かしたオリジナルの素体の開発に勤しみ始めました。

試行錯誤の末に開発されたのが「オビツボディ」でした。「スラッシュ成型」の特徴でもあるつなぎ目のない美しい外見と自然なポーズが作れる特殊な関節を備えた素晴らしい製品です。早速、開発者の2人は、営業に駆け回りました。最初に売り込んだ先は、大手の手芸店や画材屋でした。しかし、商品に込められた開発者のこだわりや職人の技が担当者には理解できなかったのか、かなり苦戦したそうです。

ところが苦戦が続く中、徐々に変化が現れました。「オビツボディ」はどこで入手できるかという問い合せが増え始めたのです。問い合わせてきたのは、趣味としてドールを保有する愛好家、中でも、趣味に強いこだわりと通の目を持つマニアの人たちでした。自分たちの趣味領域とは異なった店舗で扱われていた「オビツボディ」がたまたまあるマニアの目に留まったのでしょう。マニアたちは、自分たちの納得のいく商品を見極め、それをクチコミで仲間たちに広めていきます。社運を賭けた「オビツボディ」が爆発的にヒットしたきっかけは、予想だにしなかったマニアたちによるクチコミだったのです。実は、先代の社長は、趣味としてのドール文化にはあまり馴染みがなかったそうです。しかしマニアたちは、「オビツボディ」に込められた開発者のこだわりや職人の技をちゃんと見抜いてくれたのでした。

ただし「オビツボディ」のヒットは、職人の技とマニアの感性が偶然に結びついたことだけが理由ではありません。次回の後編では、これまで趣味文化に馴染みがなかった企業でも、マニアの感性を積極的に受け入れ、自分たちが持つ技術と合わせることによって、いかに新たな価値を生み出せるかをお話ししたいと思います。

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