たとえば国産のシャツにしても、生地はエジプトあるいはトルコ、安価なものなら中国産かもしれない。ボタンの部分はフィリピン製で、縫製したのは日本というように、どこ製なのかわからないような製品になっている。場合によっては縫製も中国でやり、シールの縫い込みだけが日本、という製品だってありえるのだ。

国産のテレビも、部品の半分は台湾や中国から来ている可能性が高いにもかかわらず、日本の消費者は国産か国産でないかを識別し、国産品をありがたがってわざわざ倍の値段で買う。このような国は、世界中で日本くらいしかない。

ボーダレス経済の時代には、国産にこだわること自体がナンセンスである。その流れに逆らって、国内の少数利益団体、ノイジー・マイノリティーを保護するために「国産信仰」を消費者に流布し、市場開放を阻止しようとする。そこに日本政府の欺瞞がある。