「生活者主権」に対立する概念は、「提供者の論理」である。戦後の日本はすべてが提供者の論理で組み立てられていた。あらゆるものが不足していたから、それは時代の要請でもあった。農林水産省が「農民漁民省」になっても、我々の胃袋を満たしてくれればそれでよかった。厚生省が医者の論理を、文部省が教員の論理を振りかざしても、提供されるサービスの質の向上がともなっていれば、役所としては責任を果たしていることになっていた。

しかし昭和の終わり頃になると、こうした提供者の論理が、国民に豊かな生活の実感を与えないことが明らかになってきた。