ケインズはそれだけではなく、将来の見通しに対して、経営者が非常にネガティブになってしまうので、投資が縮むともいう。だから不況が起きるというわけだ。対策として彼は、公共事業による財政政策によって需要を増やし、景気を浮上させることを提唱した。

他方、伝統的な経済学では、財政政策は効果がないとされている。それどころか、より非効率だと見なしている。なぜなら民間の投資は、極力無駄を排して効率を心がける。しかし、政府が行うと、ずさんで非効率で出来具合が悪い。伝統的な見方では、政府は携わるべきではないということだ。

一方のケインズは「乗数効果」を主張して財政政策の有効性を説いた。例えば、2兆円の公共事業を行えば、GDPは最低でも2兆円増加し、うまくいけば何倍もの効果があり、景気対策として有効であるとした。「穴を掘って、また埋めるような仕事でも、失業手当を払うよりもずっと景気対策に有効だ」とすら言い切っているほどだ。

しかし、乗数効果のロジックはいまひとつだった。後に経済学者がさまざまな実証研究を行っているが、乗数効果は彼がいうほどではないとされている。例えば、2兆円の投入で所得増加が2兆円あればいいほうで、実態は1兆円だったり、8000億円程度だったりする。その程度の効果しかないことが証明されているのだ。

このように、財政政策によって景気が回復するというケインズの考え方は疑問視されていたが、大阪大学の小野善康教授の論文「乗数効果の誤謬」で、これは決定的になった。小野論文を大胆に語れば「乗数効果は、国民の所得を増やすという意味での景気対策にはまったく効果を持たず、また、その実質的効果は政府が投じた金額ではなく、つくられた公共物の価値に依存する」というものだ。税金を2兆円使って公共事業を行っても、つくられた公共物の実質的価値が1兆円ならば、効果は1兆円しか増えないということだ。

小野教授はケインズとは異なる不況理論を提唱しているが、それでは、公共事業は景気に少しだけ効果はあるが回復させるほどの力はない、と結論されている。財政政策は、あくまで一時的なカンフル剤でしかない。つまり、景気対策にはならないのだ。

ところが、いつの間にか、財政政策は景気対策で、財政出動ならば何をやってもいいと思う人が増えてしまった。その結果、公共事業のメリットを受ける土木や建築業界などからの献金問題や談合、政治的腐敗が起こった。ケインズが「穴を掘って、その穴を埋めても失業手当よりいい」などといったことも一役買ったのではないかと思う。

だからといって、財政政策は無駄だとはいえない。景気対策にはならないが、雇用対策にはなる。失業して困っている人たちが公共事業で仕事をするのだから、国全体から見れば、立派な雇用対策になる。

雇用対策の一環として失業者へ給付金を支給するだけでは、それで終わってしまう。しかし、公共事業を行えば、そこに公民館など、モノがつくられる。