2013年8月23日(金)

その包丁を使うのはなぜですか?

dancyu 2011年11月号

文・大石勝太

ところで、あなたは普段どんな包丁を使っていますか?

「フツーのやつ」と、僕の周りの多くの人が答えた。多くの人が言う「フツーの包丁」とは、三徳包丁(文化包丁)あるいは牛刀だろう。本当に便利ですね、三徳包丁。野菜、魚、肉の3つに使えるから三徳。これ1本あれば、どんなものでも切れる。

それなら、なぜプロの料理人は、何本も包丁を持っているのだろう。三徳包丁があれば1本で済むのに、と思ったので、料理人たちに「なんで三徳包丁を使わないんですか?」と聞いたことがある。

「三徳包丁じゃ魚がおろせないよ」「分厚い肉を切るのは無理」といった声が多かったが、ある料理人が面白いことを言った。

「食感を考えて料理をつくるから」

その料理人は、素材を切るとき、料理の仕上がりのイメージ、さらに言えば、客が口の中に入れたときの食感をイメージするのだという。

「わかりやすいのはお造りですよね。三徳包丁で切ったのと、柳刃で切ったのとでは、口の中に入れたときの感触がまったく違ってきます。たとえば鮪のサクをそぎ切りするようなときには、いかに鮪の細胞を潰さずに切るかが重要です。押し切りするような形になって細胞を潰してしまうと、舌にのせたときにざらつきを感じてしまうし、つぶれた細胞から水分が出て、しまりのない味になってしまうのです」

それを避けるために、柳刃のように鋭く、そして長い包丁でスッと一気に引いて切ること、一度で引き切るということが重要だという。そのためにはある程度の長さが必要で、三徳包丁のような刃の短い包丁で一度に引き切ろうとすると、どうしても押し切りになってしまう。かといって、二度引きすると、断面に切り傷が入ったような状態になってしまう。

「一定の速度で一度で引き切ること。これだけでも刺身が美味しく感じられますよ。試してみてください」

と言われて柳刃を買い、試してみたら、口に入れたときの食感が本当に、まったく違った。僕のような素人が切っても、だ。「でも、だからといって何でも柳刃で切ればいいわけでもありません」と、その料理人は言う。

「たとえば、炒めるための玉ねぎをみじん切りにする場合、鋭く切ることより、均一の大きさに切ることのほうが重要なんです。大きさがバラバラだと、火の通り方が異なり、大きい粒が残って口に当たったりすることもある。こうした場合は柳刃より、牛刀のような大きい包丁のほうが均一に切れるのです。素材によって最適な切り方や道具があります。それがお客さまにおいしく食べていただく基本の1つだと思います」

素人は包丁を持つと、目の前の素材をいかにうまく切ろうかということを考えるが、その料理人は客が口に入れたときのことをイメージして素材を切る。

それ以来、包丁を持つときには、料理の仕上がりをイメージするように心掛けている。包丁の使い分けだけでなく、「このナスはしっかり炒めるから、大きめの乱切りにしたほうが、口の中に入れたときに美味しいのではないか」など。そんなのレシピを見れば当たり前のように載っている、と言われそうだが、しかし、レシピの文字に従って切るのと、食べるときのイメージを描いて切るのでは全く違う、はずだ。

料理は「なぜ?」の哲学をもって、完成をイメージしてつくることで、飛躍的に向上するのだ。これは実際に試してみて、感じていることだ。

その料理人は、こんなことも言っていた。

「包丁は気持ちが伝わる道具だとも思います。イライラして強く切ると素材の味も乱雑になります。穏やかな気持ちで切れば、きれいな味が出ます。だから、手入れもきちんとしてあげたい。ご家庭のステンレスの包丁でも中砥と呼ばれる中間の粗さの砥石で丁寧に研ぐことで、切れ味が増し、気持ちが料理により伝わると思いますよ」

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大石 勝太