今必要なのは、将来を予測し、未来に備えること

――フランスのエリートは、自分の専門分野だけでなく、音楽や芸術などに関する幅広い教養を持つ人が多いですね。

エリートが教養豊かな知識人でなければならないという価値観は、フランスの伝統そのものです。事実、ENAの入試では、一般教養の知識をかなり問います。リーダーになるためには、高度な常識が絶対に必要だからです。中世の詩を暗唱したり、ルネサンス期の音楽家について問うというような知識ではありません。世の中の出来事を、哲学的、文化的、歴史的な観点から検証する能力です。つまり、「出来事の背景にある価値観を見抜く高度な常識」が問われる。ENAの理念は、物事の価値観を把握し、普遍的な“職業倫理”を習得することにあります。

――そうした“職業倫理”は、民間部門に行っても役に立つのでしょうか。

もちろんです。専門知識だけでなく、時代や国を問わず通用する職業倫理と高度な常識がなければ、一流のビジネスマンとはいえません。そうした意味でも、「ENAは、リーダーを育成する最高の教育機関である」と自負しています。

今や、世界のイノベーションの中心は、米カリフォルニアです。ENAは、イノベーションを生み出せますか。

「ENAは、既存の知識を再生産しているだけだ」という批判を受けることは、よくあります。経験ある者が学生に、法令や通達の書き方、制度設計、予算の組み方などを教えるのは、重要なことですが、現代はそれだけでは通用しません。

今必要なのは、状況に適応するだけでなく、将来を予測し、未来に備えることです。そのためには組織を多様化させて、さまざまな視点を持ち込まなければなりません。だから、ENAは、受験資格枠を区分し、奨学金制度を充実させ、優秀な留学生を受け入れているのです。

国立行政学院(ENA)校長 ナタリー・ロワゾー
1964年生まれ。パリ政治学院卒。仏外務省の高級官僚を経て、2012年にENA校長に就任。03年、広報官としてイラク戦争に反対した際の「フレンチ・バッシング」に真っ向から反論を展開。4児の母。ENA出身者でない校長の例としては、2人目。
(林 昌宏=インタビュー・構成 大沢尚芳=撮影)
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