1980~:経済絶頂期に求めた“日本回帰”

80年代の日本は、飛ぶ鳥を落とす勢いの国力を誇る、まさに『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ヴォーゲル著)。日本の全盛期であり、日本企業で働くことこそステータスだった。当時、外資系企業の日本支社は驚くほど小規模で、今では考えられないが、外資系に就職することは“負け組”、転職するのは“異端”を意味していたほどだ。

80年代のベストセラー『社員心得帖』(松下幸之助著)からも、そんな勢いのある日本企業の社員としての心得を再度確認せよ、という流れが読みとれる。

「仕事に命をかけなさい」「与えられた環境の中で生きなさい」など、会社員としての心構えが目白押し。その根底にあるのは、「会社を信頼し、安心感をもって仕事に励めよ」という社員へのエールだ。企業トップの考えにも“終身雇用”が大前提となっているのが見て取れる。

こういった提言集が上梓された背景には、かつての社会人としての常識が次第に薄れはじめたことへの危機感も挙げられる。言葉遣いは乱れ、日本流のマナーを再度見直そうという風潮が高まってきたのが80年代なのだ。

「会社の成長とともに、社員数が増加。これまでは比較的小さなコミュニティーで済んでいたことが、人数が増えたために人間関係における暗黙のルールが希薄に。そこで、コミュニケーションのための新たなマナーやルールが必要になったのでしょう」(土井さん)

人間関係の多様化により、他人対自分のあり方を見直したいと考える向きが増えたところに、メディアが大衆化。必然的に国民の注目は頻繁にメディアに登場する人間に集まった。結果、NHKアナウンサー・鈴木健二氏の『気くばりのすすめ』は、大ベストセラーとなったのである。

「80年代と現在の出版トレンドは似ています。『気くばりのすすめ』の根底にあるのは人間関係=人との絆。ただし、80年代は社会という大きい視野で、現在は1対1のコミュニケーション力をどう深めるかを説いています」(土井さん)

●経営の神様が説く不朽の必読本
『社員心得帖』
松下幸之助著/PHP文庫
経営の神様と呼ばれた松下幸之助氏がしたためる、ビジネスにおける人間関係の構築方法、仕事の心構え集。終身雇用、年功序列を前提に社内での出世をめざす提言がそこかしこに。時を超えて読み継がれるロングセラーの名著。

●日本人の本質を見つめ直す大ベストセラー
『気くばりのすすめ』
鈴木健二著/講談社文庫
核家族化、人間関係の希薄化により、日本人が当たり前のように持ち合わせていた、他人に対する「気くばり」「思いやり」をもう一度見直そうと呼びかける。歴史上の人物の心配りも引用され、誰もが腑に落ちる内容。